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貨幣経済下での格差解消

今回は、このブログで度々投稿している格差拡大について。
そしてその解消法です。

結論から書くと、考え方を根本的に変えるしか無い。
具体的には、拝金主義からの脱却とでもいうのでしょうか。
貨幣に対する考え方を変えない限り、格差を解消するのは不可能だと思います。
では果たして、そんなことが可能なのかというと、可能・不可能という以前に、世界は既にその方向に動き出していたりします。

今回は、この動きについて書いていきます。
格差は、資本主義を行っていれば確実に起こるもので、避けられるものではありません。
理由は簡単で、資本主義社会が成長していく為に必要となる原動力は、欲望だからです。

人よりも裕福な暮らしがしたい。
ピラミッドの上に行きたい。

表現は違っても結果として求めているものは同じようなもので、その気持が原動力になって互いに競争し、勝者と敗者が生まれる。
何世代にも渡る勝負の結末が格差である為、格差問題を根本的に解決しようと思うと、前提を変えてしまうしかない。
ではどの様に前提を変えるのか。
大雑把にいえば、世の中からお金をなくしてしまうことだ。

所得の格差をなくす為にお金を無くす。
かなり馬鹿な極論に聞こえてしまうかもしれないが、実際の経済は金を必要としない方向へ徐々に進んでいってます。
順を追って書いていきましょう。

そもそもお金とは何なのか。
元々のお金は、物々交換を円滑にするためのツールでしかありませんでした。
コメを作っている人が肉を手に入れたいと思った時に、物々交換で済めば貨幣はいらない。
しかし、肉を所有している人が米を必要としていなければ、物々交換には応じてくれず、取引自体が成立しない。

この場合、米しか持っていない人は米を求めている人を探し、別のものに交換して肉持っている人が欲しがるものを手に入れなければならない。
そんな手間を解消するツールが貨幣です。
貨幣が有れば、米の生産者は米を貨幣に交換し、交換した貨幣で肉を購入すれば良い。
このツールの誕生により、貨幣経済が誕生しました。

しかし、この物々交換のツールでしか無かったものが、金融工学の発達により、貨幣そのものが貨幣を生み出すという錬金術のような仕組みが生まれてしまいました。
不労所得の誕生です。
これにより、富が富を生み出してより大きな富となる。
富が乗算で増えていき、時間経過と共に格差は決定的なものに。
そして富は世代を超えて受け継がれ、乗り換えられないものになります。

その超えられない壁は、いずれ定着して身分の差となる。
カースト制度の誕生だ。


しかしこの拝金カースト。
昔にあった様な絶対的なものではなく、実は意外な落とし穴が存在し、簡単に逆転する事が可能です。
それを可能にするのは、ただ、思考を僅かに変える事です。
『金なんていらない。』と。

そもそも、資本主義社会での身分制度は、金が価値のあるものだという思い込みから発生しています。
その思い込みを根本的にぶっ壊してやれば、その構造は意外にも脆く崩れ去ります。

簡単にいえば、金持ちが大金を見せびらかして命令をしてきたとします。
その時に、『あんたのいうことなんて聞きたくない。』と断り、自分が好意をもつ人に対して無償で動けばいいだけです。
金で人が動かなければ金に価値は無く、金を大量に保有している富裕層は、数字の書いてある紙切れをコレクションしているだけの人間に成り下がります。


ここで書いた事なんて起こるわけがないと思われる方も多いと思います。
しかし実際の社会では、これと同じ様なことが起こり始めているんですよね。

例えば、就職について若者にアンケートした際、休みが殆ど無く高給な仕事か、休みが週3日だけど薄給の仕事のどちらを選ぶかというアンケートで、後者の意見が増え始めています。
またニコニコやyoutube等の動画では、本業で3DCG動画を制作している人が、趣味で無給でコンテンツを制作して発表しています。
こういう無料コンテンツや、特定の趣味に特化した少数のマーケット向けに制作されたコンテンツに対し、消費者側が何らかの形で還元する里山資本主義という動きも出てきました。
団体として、今までと全く違った価値観で組織運営をする動きも出てきています。

賛否は有りますが、今話題(2015年2月)の岡田斗司夫さんの、フリックスなんかもそうですよね。
コンテンツ自体を無料で提供し、それを見て影響を受けた人が、お金を払ってコンテンツ制作に協力する。
フリックス wiki

つまり資本家が会社に投資し、その会社が社員を雇って働かせて給料を渡し、社員に商品を売りつけて渡した給料を回収する。
経営陣と資本家が、奴隷である庶民から時間と労働力をピンはねするという従来のシステムが、根本的に変わりつつあります。

何故この様な事が起こったのか。
貨幣とはそもそも、物々交換を円滑にするためのツールでしかありません。
そのツールが、ネット社会に移行した事によって存在感を弱めた事が原因でしょう。
誰が何を求めているかが分からないから、何にでも変換可能な貨幣が必要だったわけですが、誰が何を求めているかが瞬時にわかるネット社会では、その価値を失うのも当然ですよね。

この先、更なる情報技術の発達が進めば進むほど、貨幣そのものの存在意義が低下していくと思われます。
最終的に行き着く先は、貨幣経済下での格差の解消でしょう。

といっても、また別の価値観での格差が生まれるのでしょうけどね。
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