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情報の拡散と文化の均一化…からの個性の誕生 (中編)

今回の投稿は、全景の続きとなっています。
読まれていない方は、そちらから読んで頂けると幸いです。
情報の拡散と文化の均一化…からの個性の誕生

前回の投稿で、情報の共有が行われると、その情報を元に創作活動や生活習慣が作られていく為、文化が融合しやすいと書きました。
続きとなる今回は、主に、どのような環境で文化が融合していくのか。
その仕組みについて考えていきます。
文化の融合については、目に見てわかる様な習慣の変化などは、ここで改めて書かなくても分かると思います。
エアコン等の空調機器が登場すると同時に、昔ながらの日本建築よりも、密閉型の鉄筋コンクリート製の建物の方が効率が良くなりますし、着物よりも洋服の方が着やすいと、そちらを着る頻度が多くなります。
新しい価値観を生活に取り入れる事で生活が効率化されるのであれば、取り入れるのは当然といえますよね。

また、消費者の傾向が変わってくると、生産者もその動きに合わせて効率化していく為、時代の流れに乗っているものは安く提供され、それ以外は高くなってしまいます。
こうなると、安くて効率的なものがより選ばれやすくなる為、生活環境はより新しいものへとシフトしていきます。

では、そういったものから外れた価値観についてはどうなのか。
例えば、好きな音楽や映画、本といったもの。
これらは、外から情報をと入り入れる事で新たな発想や視点を身につけることが出来ますが、身につけたからといって効率化する訳ではありません。
こういった効率化しない価値観については、どうなるのでしょうか。

前回の投稿で、全ての作品はオマージュだという主張を紹介し、この様な価値観も新しい文化を取り入れて融合すると書きました。
趣味や趣向といった文化も、当然、他の文化の影響を受けて融合していきます。
より分かりやすい、伝わりやすい、斬新な表現が取り入れられ、均一化していきます。

ですが、ここで今回の投稿のタイトルを思い出して頂きたいのですが、今回のテーマは、『情報の拡散と文化の均一化…からの個性の誕生』です。
情報伝達能力が上昇する事であらゆる価値観が融合しただけでは、内容とタイトルが合いませんよね。
均一化と個性の誕生という相反する現象が起こってしまう現象には、拡散・伝達していく情報の量が関係してきます。
つまり、情報が伝達される量が一定レベル以下では、文化は徐々に均一化していくということですね。
個性が生まれる様な状態というのは、そのレベルを超えた情報化社会です。



では、一定レベルとはどのようなレベルなのか。
簡単にいえば、テレビ・新聞・ラジオ等の発信者が一方的に伝えるだけのものがメディアと呼ばれていた状態。

何故この様な環境下では文化の土台となる価値観が統一されてしまうのか。
これは、発信者が作り出す【世間】というイメージと、自身とを擦り合わせてしまう動きが関係していると思われます。

例えば、テレビやラジオで『世間ではこんなことが流行っている。』『こんな事が話題になっている』等、世間という抽象的なイメージを想定して情報を発信します。
それを聴いた受け手は、他に比べるものが少ない状態では、その情報を基準とするしか無い。
ブームは作られるなんて言いますが、情報源が少ない状態では、他の比べる対象が無いため、情報の方に自分の考えを合わせてしまいがちです。
洗脳の基本が情報操作ということからも、人がいかに情報に左右されているかということが分かりますよね。

また人間は、単独で生きていく生物ではなく、社会を作って生きていく生物というのも影響しているでしょう。
人間は社会生活を円滑に行う為に、選択肢の選び方によって今後が大きく左右されるといった重要な局面を除き、余り理解されないであろう考えを積極的に発表する事は少ないです。
これは、理解されない事を主張することで、社会の一員からはじき出される危険を避ける為でしょう。


少し分かりにくいと思うので、表現を変えてもう一度。
情報発信者は、あやふやなイメージである世間に対し、様々な情報を発信します。
時には世間というものを誘導する為に、世間のイメージを半ば決め打ちして情報を発信してみる。
時には、世間というあやふやなイメージを理解する為に、一石を投じてみて、その反応によって世間という概念を探る為に。

しかし情報を受ける側は、どういう意図を持って情報が発信されているかが分かりにくい為、発信された情報によって世間を感じ取ろうとする。
何故なら、世間を理解するというのは社会生活を営む上で必要不可欠な事だからです。
自分の価値観が世間から大きくズレている場合、少なくとも建前上はその考えを伏せなければ、変な人と思われてしまって暮らし辛くなってしまいますよね。
その為、日々を円滑に過ごす為には、自身の言動を世間というあやふやなイメージに寄せていかなければならない。

最終的に世の中に出回っている情報は、最初に情報発信者が提供した情報のみとなってしまいます。
この環境下では、情報発信者が世間のイメージとして決め打ちしたものが世間として受け入れられる事になります。
結果として、情報発信者が取り上げたものが大きな反響を得て、流行を創りだす。

そして小さなブームが積み重なり、習慣となって文化となる。


しかしこの流れも、ある出来事を切っ掛けに崩壊することになります。
それが、IT革命、そしてweb2.0。

これらの登場で、情報の発信・拡散の量やスピードが格段に増しました。
今までの話の流れだと、情報量と拡散スピードが飛躍的に上昇したのだから、文化の融合も加速していくはずです。

しかし面白いことに、逆に、マイナーで独特な文化が乱立し、それらの文化は融合すること無く独自路線を歩みだしました。
やっと本題に入ったという感じですが、この流れについての考察は、また次回に。
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