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【Podcast紹介】 もてらじ 風刺画問題といじめの共通点

私の独断と偏見で紹介するPodcastのエピソード紹介コーナー。

第34回は、【ネットラジオ BS@もてもてラジ袋】

新潟県直江津の伝説の中華料理屋に大感動する

です。

今回紹介するエピソードは【新潟県直江津の伝説の中華料理屋に大感動する】という事で、タイトルだけ読むとグルメレポートの紹介だと思われる方も多いと思います。
しかし、私が今回紹介したい部分はその部分ではありません。
このエピソード後半部分の、報道・表現の自由といじめ問題を絡めた話に共感した為、紹介させて頂きました。

フランスで新聞社を襲ったテロ事件が起こってから、連日、表現の自由についての議論が行われています。
私はこの件については、正直、新聞社の意見を支持する気にはなれませんでした。
確かに、死者を出す様な事件に発展してしまったことは残念だと思いますし、新聞社に抗議するにしても、もう少し平和的な方法が有ったのではないかとは思います。
だからといって、新聞社が完全な被害者なのかといえば、そうは思えなかった。

この件に対しての自分の意見が、ぼんやりとは見えているけど、ハッキリとは見えない。
そんな感じのモヤモヤした気持ちだったのですが、この放送を聴いて、気持ちに整理がつきました。
新聞社への反撃が行き過ぎていた面も有りますが、そもそもの原因を作った新聞社が悪いです。
多くの人が大切にしているものを冒涜する行為を、表現の自由とは呼びません。


そう思えるようになったのは、ラジオ内で話されていた一つの喩え話を聴いたからです。

内容を要約して書くと

学校のクラス内で、生徒Aが、Bに対して一方的に暴言を吐きつづけて喧嘩を売ったとする。
それを聴いたBが腹を立て、Aが売った喧嘩を買う形でAを殴ったら、Aが『起こるなよ。ネタだろ? 空気読めよ。喋りたいことも喋らせてくれないのか?』という。
関係ない第三者からしてみれば、Aが一方的に喧嘩を売って、手を出されたら相手をキ○ガイ扱いしているに過ぎない。
これが、暴言を吐いて喧嘩を売る側が複数人いて、1人の生徒をターゲットにした場合、これは深刻なないじめ問題となりますよね。

今起こっている事は、これが大規模になっただけなんですよね。

マスコミ等の表現者は、よく【言論の自由】【表現の自由】を武器に、好き勝手に相手を馬鹿にします。
今回のフランスの報道機関も、『我々には冒涜する権利が有る!』と堂々と主張しています。
しかし、この様に権利を主張する人は、その裏側にある義務の話を無視しがちです。

そもそも、義務と権利は同じものの表裏なので、どちらか一方だけが存在することはありません。
つまり、言論・表現を自由に行う権利を主張するのであれば、義務を守らなければなりません。
ではこの場合の義務は何なのか。
それは、倫理や道徳といった、人として最低限持つべき常識から逸脱しないことでしょう。

仮に、この風刺画事件を切っ掛けに、フランス人全体を冒涜し、嘲笑し、馬鹿にする様な記事や風刺画が世界中で書かれたとして、彼らは、それらの行為を表現の自由だと受け入れるのでしょうか。
人種差別だと主張する運動をして、その一部の人間が過激な態度に出る事は絶対にないのでしょうか。
彼らの主張には、自分がやられてい嫌な事は他人にやらないという、極一般常識が抜け落ちているように思えます。

これを踏まえて事件を振り返ってみましょう。
この新聞社がした事は、多くの信者を抱える、偶像崇拝を禁止している宗教の、書いてはいけない聖人を風刺画としてテロと結びつけるという非常識なもの。
確かにイスラム教徒の一部の過激派は、テロなどを起こしていることも事実ですが、それらの人達は全世界に存在する信者の極一部。
その他大勢の信者は、この新聞社に一方的にレッテルを貼られ、喧嘩を売られ状態です。
人は時に、自分自身が傷つけられるよりも、大切に思っている人が傷付けられることに激怒するものです。
新聞社は、テロにまで発展するとは思ってなかったでしょうが、かなりの抵抗があることは予測できたでしょう。
にも関わらず決行し、結果起こったのがこの惨事です。

人が信仰しているものを侮辱するというタブー破りをするからには、自分なりの正義を貫く等の、それ相応の理由がなければなりません。
しかし、そこまでの正当な理由が新聞社にはあったのでしょうか。
新聞社は注目を浴びそうな過激な表現をして、、手軽に注目を集められる炎上マーケティングを仕掛けようとしたとしか思えません。

反撃を受けたことで、ここで引けば暴力に屈したことに成ってしまう新聞社は、退路を断たれ、更にエスカレートさせる他ありません。
自分で喧嘩を売って、相手が手を出してきたから引き下がれないというこの構図。
とても幼稚なものにしか見えないのは私だけでしょうか。

権利の裏側には必ず義務があります。
権利を主張するのであれば、それに対する義務は何なのかという事を、もう一度考えて欲しいですね。
…と、自分の主張ばかり書いてしまいましたが、自分なりの結論を出せるように導いてくれたこのエピソード、お勧めです。

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