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興味とは何なのかの考察

先日、Podcast関係で知り合った方が京都に来られた際に、晩御飯をご一緒しました。
その方はPodcastを配信されている方で、共通の話題ということでPodcastの話になり、配信エピソードに対するリスナーからの反応を聞く機会がありました。
その時の話によると、自分自身が収録して手応えを感じた放送がそんなに反響がなく…というかむしろ不評で、逆に他の放送の方が反響が大きかったようです。

私個人としては、配信者が手応えを感じていたエピソードが大好きで、【Podcast紹介】でも取り上げたことが有るエピソードだった為、かなり意外でしたが、それが切っ掛けで、人が興味をもつまでのプロセスに興味が出てきました。
という事で今回は、人が興味をもつまでのプロセスについての考察です。
結果から書きますと、人が興味を持つのに必要なのは、物事に対する既知と未知の部分が両方存在している事が重要なんでしょう。
自分の視点から余りにかけ離れたものについては、興味をもつ以前に理解が出来ない。
逆に、自分と全く同じ視点から得られる情報であれば、人から聞く必要がない。
ある程度の同じ知識を共有しながらも、若干視点がズレることで、自分では気が付けなかった部分について知ることが出来る。
その気がつけなかった部分に対して、興味を持つ。

では単純に、未知の部分と共有している部分が、一定の割合であれば良いのかというと、それだけでは完全ではありません。
未知・既知に触れる順番の方も重要で、先に共通の知識を共有し、それから視点の違う部分に触れる必要があります。


例えば、ある四角い対象について正面から観察しているとします。
その観察対象を裏から見る人がいた場合、相手の位置も確認出来ない為、言葉だけでは同じ対象を観ていることが認識出来ません。
結果として、同じ対象について話していると理解も想像も出来ません。

対象を横から見る人がいた場合、相手の位置は確認できる為、同じ対象を観ている事は認識できますが、その視点を手に入れる為には、相手が本当の事を言っている確証が必要になる。
言い換えれば、横から見る視点の人と自分との間に、相当な信用力が無ければならない。

しかし、真横よりももっと自分側の視点に歩み寄った、斜め45度に立つ人がいればどうでしょう。
少なくとも、その人の視点から見える景色の半分は自分にも見えている為、角度は違うけれども、共通の知識を持っていることになります。
この視点の人とは、信頼関係がそんなに無い場合でも、知識の共有によって知識を補完しやすい状況が生まれます。
知識を補完し、45度から観る視点を手に入れることが出来れば、真横から観ていた人とも知識の共有・補完が出来る事になり、1個の視点とは比べ物にならない程、対象を性格に把握することが可能になります。

この様に、少し違う視点の人と知識を補完する事で対象を把握していく方法は、信頼関係が余り重要にならない為、かなり効率的に物事を把握することが出来ます。
状況把握をする際に、大幅に手間を省けるわけですから、興味が湧き出てくるのも当然といえるでしょう。
逆に、既に手に入れている視点は必要が無い為、軽視される事になり、興味も持たれません。


私の経験談からも例を出してみましょう。
初めての人達が集う場があったとします。
この様な場の場合、その場に集まったという共通の経験は有りますが、集まった人達を知っているわけではありません。
その場に人が集まるという情報は、全員が既に知っているわけですから、先に共通の経験を共有し、後からどんな人達が来るのかを知る事になります。
この状態は、先ほど上げた【人が興味を持ちやすい】環境が整っている為、最初の緊張感さえ解ければ、盛り上がる場合が多い。

しかし、この会が、同じような人間で複数回続き出すと、状況が変わってきます。
最初にその会に参加した切っ掛けという共通の経験は、2度目からは【最初】で無くなる為、通用しなくなります。
その為、2度目以降は、1回目の会で共有した知識を元に、それ以外の知識を互いに共有しなければ、興味が持てなくなります。
これは会を重ねる毎に起こるので、互いの視点で得た知識を共有し尽くした時点で会に参加する理由は無くなり、同時に興味も無くなる事になります。

当然、会を重ねる階数が多くなる程、知識・経験の共有部分は多くなり、互いに持っている視点の違った知識も共有される事になります。
この会が強制参加では無く自由参加だった場合、数回空けて久しぶりに参加するケースも当然有ります。
この場合、周りが共有できている知識を自分は共有出来ていない状態になる為、同じ会の中で温度差が生まれる事になります。
会への出席率が高いグループは共有している知識が多い為、視点がズレ過ぎた話をしても、そのグループ内ではある程度受け入れられます。
しかし、出席率が低い人達は、知識の共有量が少ない状態で、皆が共有している知識も共有出来ていない状態にあります。
この状態で、視点がズレ過ぎた話をされた場合、会話が理解できなくなり、興味がなくなる。

この会が、閉鎖されたものではなく開かれた場であった場合、途中から新規で入った人も、状況的には同じ様な状態となります。
既存のメンバーが、話を合わすなどの受け入れ体制が出来ている場合は問題がないですが、そうでない場合は場に溶け込めずに、メンバーとして定着する事はありません。

この、出席率が低い人・新規参入メンバーが、取り残された形で会に溶け込め無い場合、【あの会は内輪ノリ】という印象を抱いて去る事になります。

一昔前のmixi全盛期に、コミュニティでのオフ会が大量に開催されました。
しかし、大抵はこの様な形で興味を無くす人が続出し、多くのコミュニティは自然消滅しています。
人の興味を引く為には、様々なことに対して独自の視点を通してものを見て、知識を蓄える必要が有ります。
その為には、それなりにアンテナを張って日常を過ごす必要が有りますが、多くの人がその様な事はしない為、情報の補完が継続して行われないことが主な原因でしょう。


物事を把握したり、人の興味を引きたい場合、独自の視点を理解し、その視点を通して物事を理解する努力が必要になる。
そして、その視点とは若干ズレた人を探し出し、その人の話を聴いて、自分の視点を広げるという姿勢が重要になるということですね。
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