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プラットフォーム戦争と消費と創造

今回のテーマは、ここ最近急速に進んできたプラットフォーム化について。

最近進んできたといっても、実際には前から存在していたものが形を変えただけなんでしょうけども。
形を変えたことでより目に見えやすく把握しやすくなり、新規参入や統廃合、乗っ取り等がしやすくなった印象を受けます。

プラットフォームをより作りやすく、生産者と消費者の距離がより近くなった時、世の中はどうなるのか。
今回は、このことについて考えていきます。

私自身は、プラットフォームという言葉はここ最近、数年内に初めて聴いた感があります。
私のこの言葉の理解としては、この言葉は【電車】と【人】をつなぐ駅の様な役割を様々な会社や組織が果たしているという意味で捉えています。
抽象的過ぎてわかりにくいと思うので例を挙げますと、SNS等がこれに当たりますね。
facebookを始めとするプラットフォームは、自分と友達等の人やアプリ等のツールを結びつける駅のような役割を果たしています。

この様なシステムはネットが出来る前から存在していたわけですが、ネットが出来たことによってより手軽に構築することが出来るようになり、社会の形を急速に変えていっている様に思います。

例えば本屋。
本屋は、原稿を書いているわけでも本を出版しているわけでもなく、本を卸から購入して一般の人に販売しているだけです。
つまり、出版された本と人とを結びつける駅のような役割を果たしています。
この様に、本屋という販売店もプラットフォームと考えることが出来ます。
その本屋も出版社から食せつ購入しているわけではなく、仲介会社を通して購入することになります。
本を卸売市場に出している出版社も、作家と印刷業者を始めとする本の製造に関わる会社とを繋ぐ役割が有り、これらもプラットフォームとかんがえることが出来ます。
結果として、作家と消費者の間には様々な業者という名のプラットフォームが間に入る形となっています。

しかしこの構造が、最近大きく変わってきたように思えます。
単純に考えて、それぞれのプラットフォームには働く人たちが存在し、その人達がそれぞれに利益を得るわけですから、間に入るものが多くなればなる程に末端価格は高くなります。
逆に考えると間に入るものを削る技術さえ登場すれば、製作者と消費者の距離がより近くなり、安く売れる可能性や製作者が利益を得る割合はより大きくなります。
その技術がネットです。

ネットの利点は、小さな労力で大きな効果を得ることです。
例えば先程の本の例でいえば、Amazonという販売サイトを1つ作ってしまえば、店舗そのものは必要ありません。
1つのサイトで注文を受け付けて倉庫から配送すれば良いわけで、万引きを恐れつつ、繁華街や住宅地に店舗を構えて本を並べる必要はありません。
郊外の安く広大な土地を購入して倉庫を建てれば良いわけです。
また、今では電子書籍も徐々に普及しつつ有るため、作家が直接Amazonに作品データを送り、電子データを販売する事で、出版社や印刷業者を通す必要がない環境すら出てきました。
今現在、既に作家として活動されている方は、出版社との付き合いもあると思います。
しかし、今から作家を目指すような若手の人達は、出版社を通さずに電子書籍デビューの方が敷居が低い為、作家→Amazon→消費者という最短コースで本が発売される事が主流になる事も十分考えられます。
こうなると、創作者としての作家と消費者。その両者を橋渡しするプラットフォームのみで市場が完結してしまうため、中間業者は必要なくなっていきます。

後から来たAmazonというプラットフォーム提供会社が、既存のプラットフォームを飲み込んでしまったわけです。

他の例では、今まで自社の商品を宣伝する為に映像作品やポスターが必要になった場合、社内で創るか外部のスタジオ等にポスターデザインや映像を頼むというのが普通でした。
しかし最近では、発注元とクリエイターを結びつける為のプラットフォームが登場してきました。
発注元はイメージやテーマを提示して公開するだけで、その発注に沿った作品をクリエイターが制作し、発注元は気に入った物のみを買い取るという仕組みが出来始めています。
発注元からすれば、多くの作品からイメージに合った作品を選べるというメリットがありますし、クリエイターからすれば、要望に沿った優れた作品を作って採用されればそれなりのお金を得る事が出来ますので、チャンスは広がります。
ただその一方で、作品が選ばれなければお金が一切はいらないという点では厳しいですが。。


また、最近登場するプラットフォームは、昔の様な物理的な仕組みに比べて構築すること自体が簡単だったりします。
というのも、アイデアとプログラマーさえいれば、取り敢えず事業にとりかかることが出来る為、初期投資も昔の仕組みに比べて少なく、少人数で短期間で出来てしまします。
このことにより、プラットフォーム間でのシェア争い等も加熱しています。
少し前まで日本で流行していたmixiも、今ではアクセス件数は激減し、Facebookに取って代わられています。

また既存のプラットフォームを踏み台にしてのプラットフォーム等も登場しています。
例えば、Podcast等の音声ブログ等がそうでしょう。
itunesのPodcastは、スマフォやPCから手軽にダウンロードできていつでも聴けるラジオとして徐々に普及していますが、音声ファイルを保存するサーバー自体をAppleが所有しているわけではありません。
既存の音声ブログサービスであるSeesaaやケロログ等にアップロードされたファイルとitunesをリンクさせているだけなので、言い方を変えればサーバーのタダ乗りをしているわけです。
Appleと全く関係がないサービスであるSeesaaやケロログは、本来であればサイトを訪れてもらって、そこに貼られている広告から収入を得るというビジネス何ですが、Podcastからダウンロードされれば、そもそも消費者がサイトを訪れないため、ビジネスとして成り立ちません。

これはほんの一例で、音声ブログ以外にも他のブログ等でも、この様なタダ乗り現象は存在します。
この様なタダ乗りは、消費者からみれば便利なのですが、タダ乗りされている側には何のメリットもない為、サービスを終了してしまう可能性もあります。
その結果、クリエイターは公開したいのに公開する場が存在しないなんて現象も今後考えられるので、このタダ乗り商法は、個人的には余りよろしくないとは思います。

少し話が脱線してしまいました。


この様に消費者と製作者の距離が近くなって来ると、消費者の選択肢とクリエイターの機会が増える一方で、中間業者の存在が薄くなり、規模や人数は縮小していくと考えられます。
また現在の様に様々なジャンルのものが増え続けているプラットフォーム自体も、過去にあった仕組みに比べて構築が簡単ということも有り、かなり速いスピードで新陳代謝が行われ、統廃合の後に大手のみが生き残る状態になると思われます。
少し前までは、機械の発達によってブルーカラーの製造者が職を奪われるという現象が起こりましたが、今後はホワイトカラーの仕事が急速に減少していく事が考えられます。

今の大卒はホワイトカラー志向が強いようですが、モノを創造すると言う事をもう一度見直さない限り、未来はない様に思うのは、私だけでしょうか。

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