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チームワークと全体主義

今回のテーマはチームワーク。
この言葉って、結構色んな場面で使われると思いますが、人によってイメージがバラバラであることが多く、極端な場合では、一人の人間でも場面によって定義が変わったりすると思うんですよね。

ということで、実は前から違和感を持っていた、チームワークについて考えてみようと思います。
チームワークと聞くと、皆で一つのことを成し遂げる。であったり、皆で一つの目標に向かって進んでいくという印象を受けてしまいます。
この解釈だけを聞くと、美しくて素晴らしい思想のように感じるのですが、よくよく考えると、かなり漠然としたものなんですよね。
そもそも一つの目標って何なのか。
目標という、一番大切な目的ですら共通の認識として共有することは難しいですし、その漠然とした目標に向うための方法も、それぞれの考え方によって違うはずです。
この様な状態で、言葉だけでチームワークといっても団結するのは難しいですし、リーダー格の人が目標や方法を決めたとしても、それは押し付けに成ってしまう気がします。

また個人的には、一つの目標って足並みをそろえで進んでいくという思想は、どうも受け付けにくい。
全体主義というのでしょうか。
全体で一つの方向に進んでいくのであれば、多様な意見は重要視されず、結果として【個】という存在は軽視されてしまうような気すらしてしまうんですよね。

では、私が考えるチームワークとは何なのか。
結果からいえば、アニメ【攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX】という作品に登場した9課の課長の
『我々にはチームプレイなどという都合のいい言い訳は存在せん。
あるとすればスタンドプレイから生じるチームワークだけだ。』
というセリフが全てなんじゃないかと。


先程も書きましたが、そもそも目標というものは、かなり曖昧なものだったりします。
限定された環境であれば、明確な目標というものはイメージしやすいとは思います。
例えば、スポーツ。
ルールという縛りの有る限定された状態であれば、勝利という目標は皆でイメージしやすい。
しかし、現実世界ではどうでしょう。
法律という大きな枠でのルールは有りますが、そのルールは余りにも大きすぎて、目標を明確に絞ることが出来ません。
その結果として、目標のイメージがバラけてしまい、イメージを共有することが難しくなる。

例えば、会社という組織が存在します。
この会社の目標は何なのでしょうか?
利益を上げる事でしょうか。給料が上がる事でしょうか。社員の成長でしょうか。
皆で同じ方向を進む為には、目的を共有することが必要となりますが、このようにイメージがバラけてしまい、個人個人が持つそれぞれのイメージをもって行動した場合、結局同じ方向に進むことが出来ない。
管理者からしてみれば、社員の給料は固定費なので、削れるのであればそれに越したことはない。
社員からしてみれば、給料上昇したほうが良い。
自分の成長を考えている人からすれば、会社という存在は給料をもらって学べる学校の様な便利な存在なので、知識や経験を吸収できればそれで良い。
組織に所属している人の目標そのものがバラバラだったりするわけです。

これらの考えは、会社の成長という部分では共通しているのだから、イメージの共有化は可能だと考える人も居るでしょう。
しかし本当にそうでしょうか。

製造業の場合、人の手で作る場合は、生産能力に限界が来ます。
管理者側から見て会社が成長するということは、熟練した職人の技術を機械で再現し、少人数で品質の良い製品を大量に作ることかも知れません。
この考えは、雇われている社員側からすれば、自分たちの立場を脅かす考え方なので、賛同することは出来ないでしょう。
会社を、給料が貰って教育してくれる便利な学校と捉えている社員の存在はどうでしょう。
その社員からすれば、一応業務は行なうわけだから、給料を貰うのは当然だし、会社の役に立っていると思っているかもしれません。
しかし実際は、何も知らない社員を教える為に教育係を付け、任せた仕事がきっちりと出来ているかを確認する為の作業が増える為、会社にとってはむしろお荷物ということが多々有ります。
そして、2~3年経って、ようやく一人で業務をこなせるというところ迄成長したところで、その人は会社を去ってしまう。
ステップアップの為に入った意識の高い社員にとっては、知識と経験とお金まで得られて、有意義な時間だったのかもしれないけども、会社からしてみれば、ただ足を引っ張っただけの存在だったのかもしれません。

この様に、会社の成長という曖昧な目標でさえ、皆の意識を一致させることは容易ではありません。

もし仮に、会社に関わるすべての人が、その会社の利益上昇を目標にして、皆で一丸となってその目標に向かったとしましょう。
社員は、利益の最大化を目指す為にサービス残業を行い、利益の最大化の為に機械を導入して人員整理をする方が効率が良いなら、社員自ら会社の利益の為に辞めていく。
企業にとっては非常に便利な集団が完成しますが、傍から見ればブラック企業の完成です。

また、社員一丸となって正しい方向に進んでいる間は良いですが、その向かった方向が見当違いの方向の場合、運が悪ければ、皆で仲良く破滅の方向に進むことになります。


つまり、皆で一丸となって、落ちこぼれを出さずに向うべき方向に進むというのは、一見すると美しいもののように感じるのですが、実際には向うべき方向も曖昧で、その曖昧な方向に皆の意識を集中させること自体が困難なことなんです。
では、チームワークとは何なのか。

これは最初にも書きましたが
『我々にはチームプレイなどという都合のいい言い訳は存在せん。
あるとすればスタンドプレイから生じるチームワークだけだ。』
というセリフの中に答えがあるのだと思います。

皆が同じ方向に進むのではなく、皆がそれぞれ自分の思惑通りに行動し、その結果としてその集団内に、チームワークが存在するかの様に見える状態。
例えば先ほどの会社の例でいうと、会社に入ったからといって、皆で一緒に同じ方向に進んでいかなくても良いわけです。
それぞれが自分の利益を追求し、自分が向かいたい方向に向かえば良いと思います。
しかし、組織で働く以上、自分だけの思惑で他人が動くわけではない。
他人を動かそうと思えば、相手の利益も考えて行動せざるをえない為、提案を通す為には、win-winの提案をせざるを得ない。
結果として、皆が自分の思う行動をしているにもかかわらず、まるでそこにチームワークが存在するかのような振る舞いが起こる。
これが自然なのではないだろうか。

会社の例で少し具体的に考えてみると、社員は自分たちの職を守る為に、機械化できない部分で製品に付加価値を付ける提案をする等、機械以外の人にしか出来ない分野を開拓する。
キャリアアップの為にいろんな会社を渡り歩く人は、技術と経験とお金をもらう代わりに、他社で得たノウハウを現在の組織に応用したり、会社を客観的に見て意見を言うなどし、組織に新しい風を吹き込むようにする。等
これによって、それぞれの分野の人達の行動が相乗効果を産み、より良い方向に進んでいく。

しかし、現在の組織を見ると、そうは成っていない様に思う。
組織の上層部が全体的な枠組みを決め、それぞれのチームにリーダーを割り振り、一つの方向へ進ませようとする。
その結果として、個人は組織の為の歯車にされ、その歯車がうまく噛み合うような努力をしなければならない。
簡単にいえば、人間関係に重心が移り、【チームワーク】を保つ努力をしなければならない。
こうなってくると、成果が2の次になり、結果的に効率が悪くなるように思える。

会社に支持された方向と同じ方向を向いている人は頑張れるが、そうでない人は疑問を持ちながら仕事をすることに成る。
こういう状態になると、頑張れる人から見れば疑問を持ちながら働く人はサボっている様に見え、自分だけが組織のために犠牲になっていると思いこむ。
最終的には人間関係に溝が出来、最悪の場合はチーム内で足の引っ張り合いが起こってしまう。


ここまでして維持しなければならないチームワークなどは放棄して、多様な意見を取り入れ、それぞれの【個】が自分の分野で頑張る事で、結果として生じるチームワークを重要視するほうが良いのではないだろうか。
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