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氾濫する極論

テレビやネットの書き込み、本など、色んなもので極論を耳にします。
この極論がネットでかかれば場合、偶に炎上したりもしますね。
この炎上によってブログがネットニュースなどで取り上げられる事で、高読者数が増えることも珍しくない為、一部の人は意図的に炎上を起こし、炎上商法等と言われることもちょくちょく有ります。
そして、極論を言っている人に実際に意見を聴いてみると、実際の考えはそれほど世間からズレているものでもなかったりします。

では何故極論は存在するのか。極論に接した際に、どのように対処すればよいのだろうか。
今回は、この辺りについて考えていこうと思います。

結論というものは、必要なのか不要なのか。
結論からいうと、極論は必要なんだと思います。

では、そもそもなぜ極論というものが存在するのか。
これは、ブログやネットラジオ、実際の本等、特に種類はなくなんでも良いのですが、何らかの方法で自分のスタンスを表現しようとした場合、自分のスタンスを明確にする為には、極論というものが結構便利だったりもします。
例えば、○○の意見には反対!間違っている!と主張するには、最初に若干オーバーなぐらいの極論で自分のスタンスを示しておく方が、その後の主張につなげやすかったりするんですよね。
これを、○○という意見は基本的に反対なんですが、この部分は良くてこの部分も許せる…という様に書いていくと、結局、表現者が何を言いたいのかが伝わり辛くなりますし、言い訳を重ねれば重ねる程、焦点はぼやけてしまいます。
(このブログでは、結構そういう表現で投稿したりしているのですが、後で自分で読み返しても、何が言いたいのか分からない事が多々あります。)
その一方で、○○だ!と言い切る極論は、論点をシンプルに伝えることが出来る為、表現方法としてはかなり便利なんです。

また、自分が世間から認識されていない状態では、極論を主張したほうが振り向いてもらえるというのも、結構大きいと思います。
例えばブログ。
ある一定数の読者を得ている人はそれでも良いのですが、自分がまだ世間に知られていない状態で自分の意見を聞いて貰う為には、最初に極論を主張するというのが結構有効です。
経済系の記事であれば、あの国は破綻する!とか大不況に成る!又は、再びバブルが起こる!なんていうのが良い例です。
定期的に購読しているブログの場合は、どんな書き出しでも取り敢えず読むということは多いと思いますが、何かの検索をかけた際にHitするブログの場合、出だしでインパクトが薄いブログは、全てを読まずにページを閉じられることが結構多いんです。
少なくとも私はそういう行動を取っています。
購読者数を増やそうと思った場合、ブログの中身そのものもかなり重要なのですが、まず『読もう』と思われなければそこで終了なので、最初のインパクトが結構重要なんです。
セールスマンが、まず話を聴かせようと思うのと同じですね。

これはブログだけでなく、書籍のタイトルに関しても、同じようなことがいえますね。
例えばダイエット本。
炭水化物ダイエットと銘打って、帯に極論を書くことで注目されますし、読まれる機会も増えます。
同じ様なことはテレビにもいえて、テレビに出る評論家等は極論を言う人が結構多かったりします。


次に、検索側の問題。
検索する人は、意図的なのかそうでないのかは別として、極論的なワードで検索する人が結構多いと思います。
先程の経済ブログを例に取ると、日本の将来に不安を抱いている人が検索する場合、『日本 破綻』等で検索する人って、結構多いと思います。
私自身のブログの検索ワードでも、それらのワードで辿り着く人が結構います。
その為、知って貰う為には、タイトルだけでも極論やそれに関するワードを入れておいた方が良かったりします。

この様に、自分という存在を知らない人に対して意見を聴いてもらいたい場合、極論を利用することが戦略の一つに成りうるわけです。


その他の別のケースでは、自分とその他の考えが若干ズレている場合、中立に戻す為に、敢えて相手の意見に対して極端に反対の意見、極論をいうことで、思想を中立に戻すという使い方もあったりします。
この方法は、私自身も偶に使ったりしますけどね。

例えを出すと、今の社会はインターネットやそれに伴うネットワークと切っても切り離せない状態になっています。
社会が完全にネットやネットワークから断絶させること自体が不可能ですし、マイナス部分がかなり多いことは誰の目から見ても明らかだと思いますが、ネット依存状態を警告したい場合に、【ネットが社会を駄目にする】等、極論をいうことで、問題提起をする。
このテーマを社会に投げかけることにより、『そういう部分も有るのかな。』と思わせることで、相手の思考を若干コチラ側に引き寄せる効果を狙うとか。
注意点としては、この方法には欠点も有り、主張をそのまま純粋に理解してしまった人から、極端な意見を言う頭の悪い人と思われてしまう危険性が有りますけどね。
私自身も、右翼って呼ばれたことが有りますし。

ただ上級者になると、この方法を利用して、世間の意見に一石を投じるだけでなく、自分の名前まで同時に売ってしまうという強者もいたりします。
敢えて使用者の名前は伏せますが、この方法は某Podcast 文化系トークなんたらの人が『勝間和代メソッド』と名前をつけて解説されていました。

簡単に書くと、世間の流れと反対の、物凄い極論を敢えて主張し、数万人のアンチを作る。
その多数のアンチのバッシングを客観的に観て違和感を感じた数千人の人が、互いの意見の中間の立場になり、少数派意見に惹かれる数百人の圧倒的少数のクルセイダー的な熱狂的ファンを手に入れるという手法。
よくテレビの討論番組等を見ていると、この手法を使っている人は意外と多い。
明らかにおかしな意見を主張しているにもかかわらず、メディアに出続けている人は、概ねこの手法を使っていると考えても良いでしょう。


長くなってきたので、そろそろまとめに入りますと、極論というのは、自分の意見をシンプルにして相手に伝えるには、結構有効な手段なんですが、皆がそれを知っていて実行している為、世の中には極論が氾濫しているのが現状。
その為、出回っている情報を全て鵜呑みにしてしまうと、かなりズレた方向に行きがちだったりします。
ではどうすれば良いのか。
これは簡単な話で、人の話は話半分で聞くというスタンスを保つことです。
何らかの情報に接した時に、100%信用せずに、『そんな考え方もあるのね。』程度で認識しておくことで、極論に振り回されることは無くなるでしょう。

正直、書き始めた時は、こんな内容に成るはずではなかったのですが、書いている途中で文章が暴走して、意図しない方向に進んでまとめきれなく成るのがこのブログ。
ということで、今日もお付き合いくださって、有難う御座いました。







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