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【小説の感想&解釈】アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

最近、久しぶりに小説を読みました。
読んだ小説はSF小説の【アンドロイドは電気羊の夢を見るか?】


アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))



この小説を読んで、個人的にはこの作品は、キリスト教批判、そして、人に対しての諦めのようなものを描いているんじゃないかと感じました。
以下で、感想や自分なりの解釈を書いていこうと思います。
多分にネタバレを含みますので、それでもいいという方は、【続きを読む】を押して御覧ください。
舞台となっているのは、かなり先の未来の地球。
長く続いた戦争の為、放射能汚染灰が地球を多い、人類が生存していくには辛い世界。
政府は、生活を手助けするアンドロイドの提供を条件に、人々を火星に移住させる政策をとっていました。
しかし、生まれてからずっと、過酷な環境で人間につき従うことを強制されたアンドロイド達は、自由を手に入れる為に地球へ逃亡。
この物語は、そんなアンドロイドを、警察の命令で処理していく一人の賞金稼ぎの目線で描かれています。

賞金稼ぎのリックの同僚が、最新型のネクサス6型のアンドロイド6人の処理の最中に返り討ちに会い、その後を引き継ぐ形で、物語は始まります。
最初は、自身の欲望を叶える為に、意欲的に仕事に取り組むのですが、その狩りの最中に様々な経験をすることにより、リックは自身の行動に疑問を持ち始めます。
そして最終的に、リックの精神は神の領域にまで達し、神の世界にまで踏み込むところまで行きますが、その時に視界に入った欲望の象徴のような存在に目を奪われ、結局、俗物に戻って人間性を取り戻すという話。

ということで、一つ一つ読み解いていこうと思います。

まずは、前提条件から。
この物語に出てくるアンドロイドと人間という存在。

アンドロイドは人に使える為に作られ、一切の自由を奪われた存在です。
見た目は完全に人間と同じで、彼らなりの感情を持ち、生に対する執着や自由に振る舞いたいという欲望も持ち、パートナーに対して愛情を抱くという気持ちも持ち合わせています。
人間を完全に模したアンドロイドと人間の見分け方は、人間が作り出した『感情移入度測定法』によって見極められるとされている。
しかし主人公は、このテストで最初に判断ミスをしており、正確に分類できるのかといえば、疑問符を付けざるを得ません。

人間ですが、人間は完全に自由意思の元に行動しているのかといえば、そうとはいえない存在として描かれています。
最初にリック夫妻のやりとりが出てくるのですが、この夫妻は、自身の感情を【ムードオルガン】という外部装置によって操作しています。
この装置により、幸せな感じ、テレビを見たいと思う感情、絶望といった個々の感情を、ムードオルガンのダイアルを回すだけで脳を刺激して体験することが可能な状態というわけです。
つまり人間側は、自由意志によって動いているというより、ムードオルガンの刺激によって感情を操作され、機械的な反応を示しているだけに過ぎません。
ということは、人間とアンドロイドの決定的な違いは、脳が機械で出来ているか、タンパク質で出来ているかの違いしかないのです。

この様な違いしか無いのにもかかわらず、アンドロイドは人間につき従うことを強制され、そこから逃げ出そうとするアンドロイドは、人間の手によって無条件に処理されます。


この物語に出てくる人間とアンドロイドの特徴の違いをもう少し説明すると、人間は、マーサーという、自身を過酷な状態に置き、その状態を皆と共有することで信仰を集めている【マーサー教】という宗教を信じています。
人々は、共感ボックスという人の感覚をリンクする装置を使ってマーサーと一体化し、マーサーのみを通じて感じる苦痛を体感することで、性に対する実感を感じているようです。
この他に、人々は自身に感情のブレが生じた時、共感ボックスを利用して、互いに機械を介することによって、感情や価値観を皆と共有しています。
また、この世界に住んでいる人々は、皆、動物を飼育し、飼育することで心を充実させ、希少な動物を保有することで優越感を感じています。

一方アンドロイドは、動物に対しては大して愛情は抱かず、むしろ好奇心から、様々な行動を動物に対して行います。
物語に出てきた例では、蜘蛛の足を切り取り、足が少なくなっても歩けるのかを確かめてみるなど。
またアンドロイドは、人間が信仰しているマーサー教を信じてもいません。
信じていないどころか、アンドロイド達はマーサー教が捏造された象徴による宗教だということを暴き、マスコミを使って暴露したりもします。

小説に出てくるアンドロイドは、自由を求めて脱走はしたし、自分たちを追ってくる賞金稼ぎに対して暴行はしたが、好んで人を殺すようなことは一切していない。
冒頭で、『返り討ちにあった同僚の後を引き継ぐ形で、主人公が仕事を引き継いだ』と書きましたが、返り討ちにあった賞金稼ぎは怪我をしただけで、殺されたわけではありません。
アンドロイドの中には、大衆の前の方が安全だと考え、オペラ歌手になって多くの人々に感動を与えた者もいました。
しかし彼女は、アンドロイドだという理由だけで殺されます。


この物語のアンドロイドと人間の構図は、私にはキリスト教徒が異教徒に行った虐殺、侵略や奴隷貿易等とと重なってしまう。

人間たちは、生きているという理由だけで、物言わない動物に多大な愛情を注ぎます。
その愛情は、犬や猫といったものだけでなく、道端に歩いている蜘蛛にまで向けられますが、アンドロイドは人ではないという理由だけで無条件で殺されます。
そして殺されることを免除されたアンドロイド達は、辺境の地、火星に送られ、人の下僕として死ぬまで働き続けることを強制される。
これは、異教徒というだけで虐殺され、土地を追われ、奴隷として売買される存在に重なります。
またキリスト教徒は、教義に反する主張をするという理由で科学者たちを処刑してきましたが、アンドロイドが知的好奇心から行った蜘蛛の実験という部分が、科学者達と重なります。


かなり長くなってきましたので、続きはまた次回に。
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