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ゴーストの行方 2

前回の続きを書いていこうと思います。
といっても、前回の投稿を書いてから色々考えた結果、一度まとまりかけていた考えがまた、こんがらがってきてしまいました。
しかし前回続きを書くと書いてしまったので、取り敢えず考えた事を書くことにします。
一応の結果だけ書くと、人に自由意志は存在しないという結論になってしまいましたが、まだまだ思考中ということでご了承下さい。
正直需要があるかどうかはわかりませんが… というか、おそらく無いと思いますが。



前回は、前回書いたことを要約すると。
・人の意思や感情は外的な圧力に影響されて、反射的な行動を取っているだけのように思える。
・その外的な圧力を外側に拡大していくと、最終的には地球規模になる。この考えが、たぶん、地球生命圏という地球という一つの生命が在るだけという考え方なのではないか。
・地球が一つの生命体で、地球内にあるもの全てが地球という生命を構成しているパーツにすぎない場合、そのパーツには霊が宿るのか。
といった感じです。

地球生命圏という言葉が出てきましたが、こういう説が実際にあるそうで、本も出ているそうですが、こんな投稿を書いておきながら、僕はまだ読んでいません。
ですので、前回と今回の投稿に出てくる地球生命圏という言葉は、ネットで観た説の概要を見た上での憶測です。
この投稿を書いたことで少し興味が出てきたので、今後読む予定です。なので、今回の投稿に関しては、間違って認識しているかもしれません。すみません。

話を戻します。
地球を一つの生命と考えた場合、地球に存在するもの全てが自身を構成するための一部に過ぎないということになり、人も地球を構成するパーツに過ぎないということになります。
この説自体は納得出来ないわけではないのですが、そうすると一つの疑問が出てきます。
それは、その様な存在に魂は宿るのだろうかということ。

地球を人に例えるなら、髪の毛一本や爪といった存在が地球にとっての人という事になり、その様な存在にまで魂は宿るのかという疑問が湧き出てきます。
もしこの存在に魂が宿っているのであれば、逆の見方をすれば、人を構成する細胞それぞれに魂が宿っていたとしても不思議ではないということになりそうです。
では細胞それぞれに魂が宿っていた場合、人の魂が持つ意志は、細胞それぞれが持つ魂の総体としての意志なのか、それとも、魂が一定量以上集まることで、別の意志が生まれるのか。

例えるのなら、株式相場は、市場参加者の売買行動によって価格が決定されていて、ミクロ的に見れば参加者それぞれの意思が全て反映された結果が株価動向になるわけです。
しかし、市場参加者が自身の意志で決めた行動を取っているのにもかかわらず、市場参加者の誰もが正確に株価動向を予測できない。
これは、ミクロ的に見ればそれぞれの意思が反映されているのだが、それぞれの注文が纏まる事で、株価そのものが意思を持ち、まるで生物のように振る舞う。
もし、人という個体が魂を持ち、それを構成するもの全てが魂を持っているのであれば、株式相場も魂を持っていると考えられる。
これはこれで、個人的には納得出来ないこともない。

で、改めて、前回紹介した『機械たちの午後』の討論を読んでみる。
因みに、『機械たちの午後』での討論は、全てのセリフを文字に起こしたものをアップしているサイトがあるので、まだ見た個のない人は、探して見てみて下さい。
『機械たちの午後』によると、マクロ視点から観る地球生命圏も、遺伝子というミクロレベルに主体が在るという理論も、最終的な結果は、かなり類似した結果が出たそうな。
私は両方読んでないのですが、同じ結果が出るということは恐らく、ミクロレベルの主体が集合することにより、その主体を維持しつつ、その上位に別の主体が現れるというこのなのではないだろうか。
例えば、遺伝子に魂が宿り、それが集合して細胞になることで、遺伝子の魂は維持されつつ、その上位の細胞に霊が宿り、その集合体としての人に魂が宿り、その人が地域集団を作ることで地域の魂が生まれ、地域の集合として国が生まれて国に霊が宿り、最終的にすべての総体としての地球という魂が生まれる。
こう考えると、全ての辻褄が合うように思える。
集合した場所に魂が生まれるので、仮に宇宙や銀河に魂があり、一つの生物つだとしても、何の矛盾も生じない。

『機械たちの午後』にも、この様な台詞がある。
以下引用
簡単さ!人間がその存在を決定付ける以前には存在していなかったネットの在り様が彼等の神経レベルでのネットと今や地球を覆い尽くさんとしている電子ネットワークの双方によって自身の意志とは乖離した無意識を、全体の総意として緩やかに形成しているって事だよ。だろ?
引用終わり

これは、今まで物理的にしかネットワークを構築できなかったが、情報処理技術の発達により、インターネット等による電子ネットで思想を共有できるようになり、そこで新たなネットワークが生まれ、地球規模での魂が新たに誕生したということなのだろう。

しかしそうなると、次に新たな疑問が出てくる。
魂が段階的に存在しているのなら、それぞれの魂が、それぞれ自由に振る舞う事は可能なのだろうか。
もし不可能なのであれば、圧倒的主導権を握っているのはマクロなのだろうか、ミクロなのだろうか。
どちらにしても、人という個そのものに自由意志が存在するというのは、結構楽観的な考えになりそうで怖い。

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