FC2ブログ

【不謹慎】【自粛】反対運動

twitter等をみると、【不謹慎】【自粛】反対運動を掲げて動いている人が結構いるみたい。
僕個人としては、この運動には賛成だったりする。

誤解されるのもいやなので理由を書いていきます。

【不謹慎】【自粛】などの精神は、確かに素晴らしい事だと思います。
この考え方の基本は、『被災地で過酷な生活を送っている人が沢山いるんだから、自分達だけが遊んでていいのか?』
という考え方であり、その考え方そのものは悪い行動ではありません。

しかし、【不謹慎】【自粛】などの行動によって何が起こるのかというと、経済活動が止まってしまうわけです。
この経済活動の停止によって何が起こるのかというと、単純に企業が利益を出す事が出来なくなるので、景気が悪化してしまいます。
景気が悪化すると、企業が利益が出ないだけでなく、一般の人の手取り給料も増えないでしょうし、失業率も減少しないでしょう。

そして、実際に【不謹慎】【自粛】の名の下に、被災していない人が家に引きこもっていても、被災した人が幸せになるわけではありません。

結果的に何も生み出さないわけです。

被災していない地域の人が本当にすべき事は、普通の経済行動を取る事です。
普通に働き、普通に消費する。
消費は、遊びに行くのも趣味に使うのも、外食するのもエステを受けるのでも何でも良いと思います。
普通の経済行動を取る事で日本で金が回り、企業も人も潤います。

企業が利益を出せば、企業は利益の一部を寄付にまわすかもしれません。
直接金を送らなくても、自社製品を被災地に送る事も出来るでしょう。
また、その会社が儲かっていて、給与の支払いが普通に行われていれば、給料を貰った人はその一部を寄付に回す人もいるでしょう。

経済活動が普通に行われ、人々が普通にお金を使う事で、国には税金が入ってきます。
普段よりも多い税金が入ってくれば、その増えた分を支援にまわすことも出来るでしょう。

しかし、【不謹慎】【自粛】の名の下に経済行動そのものが止まってしまうと、そのような流れそのものが無くなってしまいます。


また
被災地で普段よりも高い値段で物を売っている人たちを非難している人たちもいます。
その様な行動を取ったとブログで書いている人が、まるで犯罪者の様に扱われて、暴言を吐かれまくった挙句、色んなところに晒されています。

個人的には、被災地で割高で物を売る行動を薦めようとは思いませんが、そのような行動を取る人を非難すべきではないと思います。

無料で物を配るのも、安い値段や定価で物を売るのも素晴らしい精神だと思いますが、結果として必要としている人たち全てに物資が行き渡っていません。
コンビにでは買占めによって物がなくなっているという情報も目にしました。

安い値段や無料での物資の配布は、売る数や配る数を限定したりして計画的にやるなら良いのでしょうが、無計画でやると一部の人が買い占めて終了してしまいます。
しかし、高い値段で出していれば、買占めは防げる可能性も有ります。

物を販売する商店は売り切れを防いで、お金さえ出せば【物を買える可能性】を提供するのも一つの使命です。
そういった点では、高い値段で物を販売している店を非難すべきでは有りません。

それに、一部で買占めが起こっているのは、物資がどれぐらいで補給されるかという情報が浸透していないのが大きな理由だと思います。
1日待てばよいのか、3日なのか、それとも1週間我慢しなければならないのか。
どれぐらいの期間我慢すれば良いのかが正確に伝わっていれば、色んな地域の買占めも酷い物にはならないかもしれません。


そしてもう一つ。

被災情報以外の情報を提供すると、『不謹慎だ』という理由でクレームを付ける人が存在します。
ネット上でサーバーが落ちるなどの実害があるのなら仕方が無いのですが、それ以外でそのようなクレームをつけるべきではないと思います。

他の人が苦しんでいる状態で、他の人が能天気に遊んでいる日記やtwitterを見ることで感情を害する人もいるでしょうが、そう思っているのはアナタだけかもしれません。

実際に被災したが、今現在は避難所などで落ち着いている人の中には、他の人が楽しそうに遊んでいる情報をみて癒されるかもしれません。
災害被害情報だけを一方的に押し付けるのがよい事だとは限りません。

TVでバラエティーなどを放送しないのも、そのようなクレームを恐れての事でしょう。
しかし、被災者の中には『こんなときだからこそ、くだらない事で笑いたい』『気分を紛らわしたい』と思っている人もいるでしょう。
twitterの書き込みでも、『阪神大震災のとき、災害情報以外を流すのは不謹慎だという意見もあったが、実際に避難所で見たドラえもんに癒された』といった書き込みもありました。

自分の一方的な意見で、他の人の行動を限定させるのはやめましょう。

選択肢が増える事そのものは悪いことではありません。
アニメやバラエティーをみたくない人は観ません。災害情報が重要だと思う人はそのchを選んでみるでしょう。
【不謹慎】というワードによる行動の限定は、人々から選択する権利を奪います。

その選択の権利の剥奪によって、誰かが救われるのならそれも良いでしょう。
しかし、実際に誰かが救われるのでしょうか?

行動を起こす人は、良く考えて行動しましょう。
関連記事

そのとおりですね

はじめまして。
国内外、明日をもしれない人はいつもいます。
それを考えると、
何が不謹慎でないのか?
この自粛ムードの煽りを受けて、失職の危機にさらされている方も多いことに気づいていない方も多いようです。

普通の生活を甘んじて、慎んで享受する。
こころからいのりながら享受する。
そのほうが勇気がいるのかもしれません。

拙速な支援も、買い占めも、過剰な自粛ムードも、
なんかせずにはいられない、という点で同じように見えます。

にわかに立ち上がった人たちも、
それは悪いことではないので、
ゴールのないスタート地点にたった認識を持って欲しいですね。
困ってる人は世界中に、目の前にも、ずっとずっとまえからいる訳ですから・・・
被災地がやっと復興に向かったとき、
自分が疲れきってしまったり、
忘れてしまったりしていては意味が無いですからね。

自分達にやれること。
それを勘違いしては元も子もない。

自粛や不謹慎ということばを正義の御旗のように振りかざすのも、
ときに暴力になると思います。
[ 2011/03/18 15:50 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://dorufurusu.blog33.fc2.com/tb.php/128-d05e67c1