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オオカミ少女はいなかった

最近読んだ本について書いていこうかなと

今回取り上げる本は、『オオカミ少女はいなかった』です


簡単な本の説明をしますと

一般の人の中には科学的根拠があるような紹介のされ方をされてはいるが

実際には科学的根拠があいまい、もしくは完全なでっち上げのトンデモ科学を紹介する本です^^

この本が問題点としてあげているのは

特に根拠も無いのに真実のようにして語り継がれてきているもの

本の中では『神話』と呼ばれていますが、それが今でも事実として教科書に載っていたり、教育現場で教えられている点を問題視しています。


そして、疑うことの重要性についても書かれています。


『疑う』という言葉はマイナスイメージがあり、『信じる』というのはプラスイメージがあるため

何でも疑ってかかることに対して抵抗を持つ人も多いと思いますが、そういう人は読んでみるといいかも?


ってことで、具体的な内容。

取り上げられてるテーマを箇条書きにすると


・オオカミ少女はいなかった

・まぼろしののサブリミナル

・3色の虹?

・バートのデータ捏造事件

・なぜ母親は赤ん坊を左胸で抱くのか

・実験者が結果を作り出す

・ぷらなりあの学習実験

・ワトソンとアルバート坊や   
 
                など


今回は、題名にもなってるオオカミ少女はいなかったについて。

最初に言っておきますが、本を読んだのは一回なので、内容はうろ覚えだったりしますw


オオカミ少女の存在が心理学などで重要視されているのは、置かれる環境によって人はどのように変わるのか?ということで

人間として生まれた子供がオオカミに育てられたことで、オオカミと同じような行動をとってしまったという出来事は

環境によって、人の人格形成に大きな影響を与えると主張している学者にとっては、かなり重要な出来事だったわけです。


この『オオカミ少女』の存在を言い出した人は、観察日記という形で写真つきで記録をとっていました。

ここまでは、ありそうな話。

お金に困った人やスポットライト症候群の人が、突拍子も無いことをでっち上げて世間に出てくるケース。

この『オオカミ少女』の観察日記が何故ここまで有名になったかというと、2人の学者がお墨付きを与えちゃったことが原因らしいです。


世間の人にとって『学者』というタイトルは絶対のようで

『学者』のお墨付きを得れば、どんなことでもまるで真実のように扱われます。


じゃぁ何故、ありもしないことに学者がお墨付きを与えたかというと、その学者の持論『環境優位説』が大きく影響している。

『環境優位説』というのは、人として生まれても人として扱われないような環境で暮らすと人として成長できないというもので、『オオカミ少女』の出来事はまさにこの理論を証明するような出来事だったのです。

人はある立場に立つと見えている情報でも見えないもので・・・


例を挙げると、自分の応援している野球チームがあって、その試合を見に行った場合。

応援しているチームのいい所ばかりを探して、逆に敵チームの悪いところばかりを探し、精神を落ち着かせたりテンションをあげたりすることってないです?


基本的にはそれと同じようなものだと思うんです。

自分の持論を証明するような出来事が起こった為、『それが本当であって欲しい!!』という目で観察記録を読んだ為、お墨付きを与えるような結果になったのでしょう。


具体的に『オオカミ少女』の話が嘘の可能性があることを箇条書きしますね

・そもそもオオカミの乳を分解する能力が人には無いので、オオカミに育てられることは不可能

・観察日記の写真は数週間や数カ月おきに撮られているが、写真のレイアウトが全て全く一緒。

 同じところで撮ったのでは?と思う人がいると思うけど、後ろに移っているテーブルクロスのしわまで同じ形で、構図も寸分変わらない。

 本当に時間を空けて撮ろうと思った場合は、数ヶ月にわたって三脚でカメラを固定する必要がある。
 
 もちろん、テーブルクロスに手も触れてはいけない。

 普通に考えると、同じ日に数枚とって日にちを変えたと考えるのが適当。

・オオカミ少女が走るときは、手を地面について4足歩行の動物のように走り、その速度は大人が本気で走っても追いつけないほどとの記録があったが
 
 人の骨格は二足歩行用に出来てる為、4足歩行でそんなスピードが出るはずがない。

 (もし出るならオリンピックの陸上競技は、みな4足歩行のはず)

・夜になるとオオカミ少女の目は、野生動物と同じように青白く光ったとあるが、人の目はそんな構造をしていない。

・オオカミ少女は、スルスルと木に登ったとの記録があるが

 そもそもオオカミは木に登らない。

 (インドにはオオカミが気を登るという言い伝えがある。だが、実際には登ることはない。)

・一番最初にオオカミ少女が村人に発見されたときの地元新聞の記事では、何もいないトラの穴で少女が発見されたと書かれている。

・オオカミ少女はその後、観察日記を書いた著者に引き取られるが、引き取られた後は彼が営む孤児院以外の人は彼女たちを見ていない。


など。

詳しい内容は、本を読んでお確かめください




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まぼろしのサブリミナル

『まぼろしのサブリミナル』

サブリミナル効果は結構有名ですが、一応説明を。

TVや映画で、人が認識できないぐらいの短い時間にメッセージを挟むと、人はその通りの行動をとってしまうというもの。

具体的にいうと

TV放送の時に、何十分aの一秒という短い時間に『コーラを飲め!』と文字を書くと、コーラが飲みたくなるという感じ。


今回のテーマは、サブリミナルの前に『まぼろしの』と付いてるところから想像できるように

サブリミナル効果というものは存在しませんよというものです。



そもそも科学的な理論というものは、その筋の専門家が論文を書き、学会で発表するなどして表に出てくるわけですが・・・


このサブリミナル効果というものを最初に言い出した人は

科学者ではなく、学生でも無く・・・


広告代理店の営業マンが言い出したものなのです。


当初この営業マンは

『3000分の1秒という瞬間にCMを流せば、その効果は絶大だ!

 試しに映画館でコーラとポップコーンの3000分の一秒のCMを流す実験を半年にわたってやったところ、その前の半年に比べて売り上げが伸びた!』

と言ったらしいです。


しかし、ここで2つの疑問。

普通に放映されている映画に、3000分の一秒のCMを挟むというのは、今現在の技術でもかなり難しいらしく、この時代に果たしてそんな機材があったのか

次に

半年前と比べてと言っているが、どの半年と比べたのか。

例えば

最初の半年を10月~3月とし、サブリミナル実験を行ったのが4月から9月とした場合どうだろうか。

最初の半年は大雑把に言うと冬。

実験期間は初夏から盛夏。

CMなんか流さなくても、黙っていても夏の方がコーラの売り上げは伸びるし、コーラを買ったらアテのポップコーンの売り上げも伸びるだろう。


この広告代理店の営業マンは、論文なんて書いてないので実験の詳細は書いていない。


世が普通の時代なら、こんな話はでっち上げとして葬られていたかもしれないが

何故ここまで有名になってしまったかというと

このサブリミナル効果が発表された時期が悪かったようです。


この発表の少し前に、ナチスドイツのヒトラーが物凄いカリスマ性を持ち、様々な行動を起こしていたんですね。

で、何故ヒットラーにそこまでの求心力があったのか?という研究がされていたらしいのです。

理性を持って考えれば無茶な行動なのに、何故ヒトラーに民衆はついていったのか。。。


ここで、『潜在意識に働きかけるような何らかの方法をヒトラーは知っていて、それを使用したのではないか?』

という考え方が出てきたんです。

ってかたぶん、どう考えても納得のいく答えが出なかったので、未知の知識や技術が有ったのでは?と考えるしかなかったのかもしれないです。


そこに登場したのがサブリミナル。


もしサブリミナル効果が実在するなら、民衆を思い通りに動かすことも可能!!

独裁者は、この方法で民衆を洗脳したのかも!!

って感じで

ヒトラーの求心力についての解釈と、サブリミナルの効果が合致。


アメリカは急いで『サブリミナルの使用や研究の中止』というのを法律で決めちゃったんです。

アメリカ政府がサブリミナルの効果を信用した理由はもう一つあって、『閾下知覚』という研究です。

『閾下知覚』は、感覚としては感じないぐらいの弱い刺激が、人の無意識に働きかけて行動に影響を与えるというもの。

人間に感知できないぐらいの短いCMというのは『閾下知覚』とよく似ている。

そんなこともあって、国はサブリミナルを禁止に。


前回、人は学者というタイトルに弱いと書きましたが、同じように国ってタイトルにも弱いんですw


前回のインフルエンザ騒ぎを思い出してもらえれば分かると思いますが^^


国がそんなに急いでサブリミナルをタブーにするって事は、本当に効果があるに違いない!って人々は思っちゃったのですね。


広告代理店の営業マンからすれば、ここまで大事になるとは思ってなかったみたいで

事を治めようと

『あの実験は期間や対象人数の点からしても信憑性がないです!』

って言ったんだけど、後の祭り。


出来心で山に放火して山火事になった場合、一人で鎮火できないのと一緒で

一度広まった話は幾ら本人が『嘘だってば~』と言っても誰も見向きもしないんです。


じゃぁ、この広告代理店の営業マンは何がしたかったのかというと

後日、こんなことを本人が話してます。

『せっかく3000分の1秒でCMを挟める機械を作って、これからそれを売りさばいて儲けようと思ったのに。。』

営業マンは、効果があるかどうか分からないサブリミナル効果を商売にしようと思ってただけなんです。

3000分の1秒なんて目で確認できないんだから、適当なそれらしい機械を作って商品にすれば売れるだろうと。。


結果、本人が思ってたよりも大事になってしまい、商売どころではなくなってしまったって感じ。


本人が『サブリミナル効果に確実な効果は無い』と自白した以外に

上で挙げた閾下知覚の専門家も『サブリミナルなんて信じてる奴の方がどうかしてる』といっている。

閾下知覚の専門家の間では、すぐに嘘だとわかるでっち上げだったよう。

後日政府側が、広告代理店の営業マンを呼んで立会いの下にサブリミナルの実験をしたらしいです。

その時に用意されたのは、24分の1秒の『コーラ』のCMを挟むという手法。

上でも書いたけれども、3000分の1秒のCMを挟む機械は技術的に作れなかったみたいですw


で、実験結果。

実験に参加した一人は







『わしゃ ほっとドックが食いたくなったよ』といったそうです。

詳しい内容は、本を読んでお確かめください




三色の虹

『3色の虹?』

物凄く簡単に言うと

色を表す言葉が100語ある地域に住んでる人は、100種類の色が見えている。

逆に言うと

色を表す言葉が3つしかない地域に住んでる人は、3色しか見えてないの?

って事です。


作者は

『んなわけね~だろwwwww』

って事で反論してます。


この理論を突き詰めると、言葉がない・もしくはしゃべれない場合はどうなんだ?って事で

オラウータンに色の差をどの程度見分けられるかを実験。

大体オラウータンも、人と同じ色の見分けが出来た。

人の場合も、地域にかかわらず大体同じような見分けが出来ている。

具体的には、白・黒・灰色などの明暗を除くと、7±2の見分けができていたらしい。

つまり、5~9この色が区別できたって事です。

なんで7±2という書き方をしたかというと、7という数字が魔法の数字と呼ばれていて

人間がパッと見て認識できる物の数は7個ぐらいであるという理論があるらしい。

虹が7色といわれているのも、マジックナンバーが関係しているのかもしれない。


少し話題はずれるが、色を表す言語が3つしかなかった部族の言葉には、雪を表す単語が3つ(別の調査では7つ)あって、水を表す単語は2つ有ったらしい。

上の理論で行くと、この部族は降ってくる雪が2種類に分かれて見えるはずなんだけど、上の理論を唱えた人は、この時は別の解釈をしているみたいだった。


このほかにも、遠近法を勉強してないような知能が低い人は、遠近的錯覚は起きないとか云々・・・


要は

色の区別は色に対応する色の名前を知っていなければ認識できない。

遠近法も、どういうものかが教えられなければ、絵や写真を見てもどちらの物が前後にあるか認識できない。

時間を表す言葉がない人は、時間の流れを感じていない。

つまるところ

適切な教育を受けていない物は、見たり感じている世界も違うって事らしいのだけれども、本の著者はそれに反論。


遠近法を教えられなくても、遠近法をちゃんと使ってかかれた絵を見ればそのように見えるし

色も言葉が無いからといって、その色が認識できてないわけではない


よく考えれば当たり前なんだろうけど、何故こんな理論が出てきたのか。。

多分、人種差別をしやすくする為なんじゃないか?

詳しい内容は、本を読んでお確かめください




ハーバードの人生を変える授業




アマゾンのレビューで結構な高評価を得ていたので、試しに買ってみました。

個人的な感想としては、普通の啓発本とそんなに変わらない感じがしました。

この本で初めて知って衝撃を受けた!という内容は、そんなに無い様に思えました。
書いてある内容を簡単に書くと
【運動は良い】【他人の良い面を見るようにしよう】【自分の立場を客観的に見て、幸せを実感しよう】
【完璧主義にならず、丁度良いレベルを見つけよう】【自分に優しくなろう】
など。
納得できる部分も多くあるのだが、個人的に納得できない部分も結構ある。

たとえば、【完璧主義を手放そう】という部分に書かれている内容の中で、『全てを完璧にこなそうとする事で、生活に無理が出る。1週間で80時間働いて完璧を目指すより、100点の仕事ではなく許容範囲の仕事内容にして、労働時間を50時間に減らして空いた時間を有効活用しよう』
という感じのことが書かれているのだが、実際の仕事にはノルマや期限が存在するので、労働時間を減らそうと思って理想通り本当に減らせるのかがかなり疑問だ。

もう一つ例を挙げると、【感謝の気持ちを大切にする】という部分では
『自分が感謝したい人に手紙を書いて、自分の手で届けに行きましょう。 週に1度ぐらいのペースで届けるのが良いでしょう。』
といった事も書かれている。
個人的には、自己満足以外の何者でもない気がする。
少し親切にしただけで、いくら感謝されたからといって週に1度のペースで自筆の手紙を渡しに来られたら、渡された側はどういう感情を抱くのだろうか。

誤解して欲しくないのは、この本に書かれている内容が全て変だといっているわけでは無い。

実際には、取り入れる事で前向きになれたり、行動力が身に付ける様な精神状態にしてくれる事も多く書いてある。

例えば、【失敗を過剰に恐れない】【言動を一致させる】など、人が生きていくうえで基本的なことが多く書いてある。
啓発本やビジネスリーダーが書く本、インタビュー本を一切読んだ事が無い人は、一度は目を通しておくほうがよいと思う。

しかし、勉強熱心な人で、【良書】とされている本を一通り読んだ方は、わざわざ読まないで良い本だとは思います。

個人的な感想になりますが、以前紹介した【7つの習慣】という本にも、同じような事が書かれているのですが、【7つの習慣】の方がより具体的で詳しく書いてある為、こちらを読んだ事が無い人は【7つの習慣】をお勧めします。

しかし、この本にも【7つの習慣】よりも優れている点が存在します。
それは、一つの事柄について2~4ページで簡単に解説してある為、一度読むと次からは目次を読むだけで書かれている内容が大体思い出せます。
その為、頻繁に読み返す、方向感を見失ったときに軽く読む、というような使い方をする場合は、こちらの方がより手軽でよいかもしれません。

ハードカバーで200ページの本で価格は1600円なのですが、余白が多く1ページに書いてある文字数も少ないので、今後文庫本が出るならそちらで十分だと思います。



キュレーションの時代




この本の感想を書く前に、一つ書いておくと
後半部分で専門用語の横文字が大量に出てくるので、僕自身が本の内容を本当に理解できているかどうかが疑問だったりします。
ということで毎回の事ながら、僕が勝手に理解した内容を前提で書いていきます。

この本の内容を物凄く簡単に書くと
今は誰でも情報を安価で発信する事が出来る為、出回っている情報が以前の数十倍・数百倍という事になっている。
その氾濫している情報の全てが自分にとって必要かというと、そうでもないし、全ての情報を頭に入れることも不可能だ。

そんな時代に、氾濫する情報をどう活用すべきか。
どのようにして、自分が必要な情報を集めればいいのか。
情報に対する考え方。等を、解説している本です。


書いてて思ったけど、本の帯や前書きに書いてあることそのままになってしまった。
気にせず、感想を書いていきましょう。

僕自身も、役に立つ・立たないは横において置いて、【ブログ】で自分の考えなどを発信しているわけですが
ここ最近、どのようなブログを書けばいいを迷うようになっていました。
しかし、この本を読むことで、その悩みが若干解消されたような気になりました。

具体的に書いていていきましょう。
キュレーションの時代というタイトルにもなっている【キュレーション】というのは、元々、美術館などで企画を作る作業の事をいうらしいです。
美術館の企画は、まだ世間で知られていない作品や、知られている作品であっても、違った角度から見れるような環境作りをする事を求められるみたいなのですが、この作業を情報に当てはめてみようというのが本の趣旨です。

今の時代は、誰でも情報が発信できるため、物凄い量の情報が氾濫はしているけれども、その一方で世間の目に触れずに消えていく情報も多々あるし
情報自体は知られているけれども、世間が観ているのは情報の一面だけという情報も少なく無い。
そのような情報をキュレーターが見て、自分自身の価値観の下に情報を選別し、世間に発表していくというのが【キュレーションの時代】らしい。

どの部分に悩みが解消され救われたかというと、【自分自身の価値観を下に情報を選別し】という部分にです。
ブログをやっている人は分かると思いますが、『どうせブログを書くのなら、多くの人に見られたい』と思うはずです。
その【思い】が
『どの分野のネタを書けば、どの様な書き方をすれば、何を批判すれば、アクセスが増えるか』を考える事に繋がり、自分の行動を縛り続けていた部分があると思うのです。
ブログを書いている人が、全て、この様な考えを持っているとは言いませんが、結構な割合の人が1度は考えた事があると思うんです。

しかし、【キュレーションの時代】では、ある情報や物や現象に対し、自分の価値観・自分の視点で書かれているものに価値があるというようなことが書かれていました。
僕が今まで読んだ本の多くに、『本当に必要な人は、自分と同じ事を考えている人では無く、自分と違う事を考える人だ』という事が書かれていましたが、これと同じ事なのでしょう。

つまり、ブログを発信する側は、自分の興味を持っている事柄について、自分の考えを反映させて書くことが重要で、読み手に迎合するような書き方は好ましくないという事なんでしょうね。

ブログ・ツイッターなど、ネット上で何らかの意見を発信している人や、ネットで情報収集している人は、読んでおくべき本だと思います。














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